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東京高等裁判所 昭和29年(う)2576号 判決 1955年10月11日

控訴人 被告人 真中実 外一名

弁護人 渡辺英男

検察官 小西太郎

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾添付の被告人両名の弁護人渡辺英男名義の各控訴趣意書記載のとおりで、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

各控訴趣意(一)について。

背任罪の成立には自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的の存することを要件とするはいうまでもないし、本人に財産上の損害を加うべきことの認識を必要とすることも所論のとおりである。しかし背任罪の要件たる目的は自己又は第三者の利益を図る目的或いは本人に損害を加える目的のいずれか一方が存するを以つて足るとすべきこと文理上明白で、この両者の目的を併せ有する必要はない。又本人に財産上の損害を加うべきことの認識とは本人に財産上の損害を加うべきことの予見の存するを以て十分とすべく、特にこれを希望していたことを要しない。今これを本件についてみるに、原判決挙示の証拠及び当審証人多田勇の証言によれば、被告人両名は北村悌次とともに蓄力車の製造販売を目的とする会社の設立を企図し、工場買収等の資金の融通を当時駿河銀行小田原支店長田代利文に依頼し、現金融通が不可能なら被告人等の振出した手形に支店長として支払保証をして貰えば、金融業者に割引を受けて現金を入手し会社を設立すべくその節には田代を取締役に招くし、駿河銀行の北村悌次に対する債権の回収も一挙に解決し得るとし、いろいろ勧説に努力したので、北村に対する債権回収を苦慮していた田代は遂に被告人等の右依頼に応じ、約束手形によつて被告人らに金融の途をつけてやり、かつ将来設立せられる会社の重役になることを目的とし、被告人等振出の約束手形に支店長たる資格を以つて支払保証をしてやる決意を固め、茲に以上四名共謀の上、田代利文はもとより被告人両名も北村悌次も支店長の手形保証が駿河銀行の内規により禁止されていて、田代の支払保証がその任務に反することを熟知しながら、昭和二十三年十二月三十一日小田原市内所在前記銀行小田原支店に於て陸羽開発株式会社取締役社長真中実振出に係る東洋ルツボ精工株式会社取締役社長永富金吾を受取人とする約束手形四通(手形金額三百万円、三百五十万円、四百万円、四百五十万円のもの各一通)に田代において夫々附箋をつけ、これに支払保証文言を記載し、同支店印並支店長田代利文の印を押捺した上、これを持参して前記北村悌次及び被告人真中、永富も同伴上京し金融ブローカー佐藤甚吾等を訪ね、右手形の割引を受け現金を入手しようとし、その中三百万円の分については榎本昭三から割引を受け現金百九十七万円を被告人らが現実受領しているし、四百五十万円の分については昭和二十四年一月中旬頃納富藤雄に割引を受けるために交付し、爾余の三百五十万円及び四百万円の二通もその頃夫々佐藤甚吾、一藤木某に割引のため東洋ルツボ精工株式会社社長永富金吾の裏書をして交付したところ、その後右三百五十万円及び四百万円の分は駿河銀行の手により手形所持人から回収することができたが、三百万円と四百五十万円の分については榎本昭三及び前記納富を代表者とする千代田商業株式会社から夫々駿河銀行を被告とする手形金請求訴訟を横浜地方裁判所に提起され前者は駿河銀行の敗訴となり、後者は裁判上の和解により百十万円を同銀行から千代田商業株式会社に支払うこととなつた事実を認めることができる。してみれば田代利文が自己及び被告人真中、永富らの利益を図る目的を以てその任務に背き手形の支払保証を為したものというべきであり、かかる目的が存する以上同人が駿河銀行に損害を加える目的があつたことを必要としないのみならず、同人が駿河銀行支店長として手形に支払保証文言を記載し記名捺印した上、この手形で他から割引を受け或は割引を受けるため受取人が無記名裏書をして第三者に交付する場合、これにより駿河銀行をして手形上の義務を負担させ、将来履行を請求される可能性あることを予見認識していたものとするに十分である。田代利文の先代某の駿河銀行に対する功績或は田代自身が多年同銀行に勤務していた事実のみでは、同人が駿河銀行に損害を加うる希望、目的がなかつたことの資料としては格別、被告人両名の利益を図る目的がなかつたものとすることはできない。又田代利文が、北村悌次に対する小田原支店の債権回収を企図したことが本件手形保証の一つの動機となつたことは所論のとおりであるが、この債権回収の意図は手形保証の主たる目的とは認められず、単にその附随的な目的というに過ぎないこと前掲証拠に照らし明白であり、かかる附随的な目的が存したからとて、田代の所為が、自己及び被告人真中、永富らの利益を図る目的を以つて為されたことを否定し得るものではない。なお所論は被告人真中から田代に対し根本友七所有の不動産、北海道沢田炭坑及び東洋ルツボ精工株式会社桐生工場の登記済権利証に処分承諾書、白紙委任状を添付して交付し更に保証手形と同額の見返り手形を保管させていたことを挙げて原判決の事実誤認をいうが、田代が手形保証をした手形により第三者から手形の割引を受けるため第三者に手形を裏書することにより本人たる駿河銀行は手形上の義務を負担するに至つたもので、駿河銀行が手形金の請求を受けてその支払義務を履行したと否とを問わず、同銀行に財産上の損害を発生させたものというべく、所論事実を以つて駿河銀行に財産上の損害が発生しないとはいえないことはもちろん、田代に於てかかる損害の発生を予見しなかつたとすることもできない。所論は駿河銀行がたとえ手形上の義務を履行しても、前記物件により同銀行の損害を弁償できるとするに止まり(果して弁償が可能か否か問題ではあるが)本件背任罪の成否に少しも影響を及ぼすものではない。

所論は更に当時各地銀行支店に支店長保証が行はれ、駿河銀行もその例外ではなかつたし、それ故同銀行に内規として支店長保証を厳禁していた事実自体を否定するのであるが、この点田代利文は右銀行内規の存していた事実を原審公判廷に於て明らかに供述しているところであるし、証人岡野豪夫も亦同様である。たとえ現実に銀行内規に違反し支店長保証の事例が多数存しているとしても、それ故に銀行内規の存した事実を否定するのは失当である。それ故論旨は理由がない。

同(二)、(三)について。

背任罪は刑法第六十五条第一項にいう身分に因り構成すべき犯罪であるが、身分のない者でも身分ある者と共謀関係の存するときは同条の共同正犯者なりといわなければならない。然るに前記(一)に説明のとおり、被告人両名が駿河銀行小田原支店長田代利文に手形の支払保証を求めるに至つた事情並びに田代に於てこれに応じ支払保証文言に手形に記載した後これが割引に奔走した事実関係に徴しても被告人真中、永富両名は田代利文と共謀の上前記(一)のとおりの犯行をしたものと認めなければならない。従つて被告人両名に対し背任罪の成立を認めた原判決に失当はない。所論は被告人両名には駿河銀行に損害を加える意思なく、又損害を生ずべき事実を認識していないと主張するが、前記(一)に於て説明を与えたとおりで所論事実を以つてしては犯罪の情状に関するものとしてはとも角、犯罪の成立自体を否定することはできない。

又被告人両名が、駿河銀行に支店長の支払保証を禁ずる趣旨の内規が存することを田代より聞知していたものと認められ、右内規が銀行外部に公表されないこと所論のとおりとしても、被告人両名が田代利文の所為がその任務に反することを熟知していたとするを妨げない。その他所論事実は少しも背任罪の成立に影響を来すものでないから論旨は理由がない。

よつて本件控訴はいずれもその理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条に則つてこれを棄却し、当審における訴訟費用につき同法第一八一条第一八二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

弁護人渡辺英男の控訴趣意

原審静岡地方裁判所沼津支部の判決は事実の誤認なるため御裁判を求むる次第なり

(一) 本件犯罪の被告人等の行為は背任罪としての構成要件を充足する事実が実現されていない。

(1)  凡そ犯罪の構成要件上に於ける行為は必ず或る主観的心理的要素を含むことは学説判例の示すところである。殊に刑罰法規の明文上一定の主観的目的を必要とされている場合がある。即ち背任罪は目的罪であるから自己若くは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的を以て為したものでそれを認識して行為をしたことが必要である。而してその目的が行為の動機になつたのでなければならない。従つて本人の利益の為に為した行為は背任罪を構成しない。本件の場合において田代被告については斯様の目的が全然認められない即ち田代被告の父は駿河銀行設立当初岡野頭取と共に創業の苦を共に嘗め銀行今日の基礎を築いた功労者であり其の長男である田代被告が銀行に入社し二十余年駿河銀行の社員として実務に当り親子二代田代一家を挙げて銀行の発展のため努力して来たもので全く銀行と運命を共にする覚悟であつたことは明らかである。仍つて自己の利益のため銀行に財産上の損害を加える目的が田代被告にあつたと認定することは事実に反する。然るに原審において被告人田代利文は駿河銀行小田原支店長とし以て被告人利文の支店長たる任務に背き同被告自身及び被告人真中実同永富金吾同北村悌次の利益を図り駿河銀行に財産上の損害を加えたものであると判示しているが田代被告が自己の利益を図り銀行の損害を認識して手形保証を為したことは本件被告事件の証拠に因り認定することは極めて困難である。

(2)  手形保証の動機は北村被告の裏書による日本造船株式会社の不渡手形金五十万円と其他北村被告に貸付けた三十万円也の貸付金回収のため日本造船富士見工場を買収して之れを担保として二千万円以上の資金により事業開始を北村被告の主張通り実行させ銀行は貸付金の回収を企図したのであつた。(後富士見工場は工場を抵当に協和銀行より三千万円の融資を得た)

(3)  田代被告は手形保証に依る危険防止の為め客観的に観察して充分の担保を真中被告より取得し且つ保証手形と同額の見返り手形を保管していた。銀行支払保証の担保として真中被告より根本友七所有東京都中央区日本橋白木屋呉服店横の八十七坪の更地、北海道沢田炭鉱、東洋ルツボ精工株式会社桐生工場の各登記済権利証処分承諾書、白紙委任状、添付を受取り銀行の金庫に保管していた。

(4)  当時各銀行は支店長保証は随所に行はれていた岡野豪夫の証言によれば、「支店長の支払保証に付ては弊害が多いので本件以後銀行相互間で支店長の支払保証を禁止する申合はせをした」之れに依れば本件以前には支店長の支払保証のあつたことは認めている。地方銀行協会に於いて爾後支店長保証を排して頭取保証の形式を採る申合はせの出来たのは昭和二十五年であると陳述している。本件手形保証当時は一般的には支店長保証のあるべき事実を了解している特に駿河銀行においてのみ銀行内規による支店長保証を厳禁した事実は認められない。従つて本件は駿河銀行より告訴せられたのではなく偶々銀行内部の紛争事件より発覚したものであることによるも明らかである。

(5)  田代被告は自己及び真中、永富被告の利益を図つたことはない。手形保証行為は銀行業者の職務であり、陸羽開発株式会社代表取締役真中実振出の約束手形を支払保証のため手形金を超過する担保物を受取つていたので其の点銀行として損害を蒙る虞がなかつた。真中、永富被告は駿河銀行の適法なる代理人たる田代被告の保証により該手形を取得したので何等の詐欺行為によつたのではない。

(二) 控訴人は背任罪の共同正犯ではない。

(1)  控訴人は銀行に損害を加える意思はなく田代被告、北村被告と共同謀議に参与したことはなく本件犯罪構成要件上の結果に付ての認識はなかつた。本件は身分犯であり特定の身分を有する田代被告と共同して犯罪を実行した場合に於いてのみその協力者として共同責任を負うのであるが本件の場合真中被告は田代被告の行為に加功したのではない共同加功を認定する事実に関する資料は発見することが出来ない。即ち控訴人真中実は田代被告が手形の保証の代償として担保物を要求したので左の如き担保を差入れた、

(イ) 根本友七所有土地 八拾七坪(更地) 東京都中央区日本橋白木屋呉服店横 坪当り価格 当時弐拾万円より参拾万円

現在六、七十万円担当

(ロ) 沢田喜一郎所有 北海道所在 沢田炭鉱 時価 約壱千万円相当

(ハ) 東洋ルツボ精工株式会社桐生工場 時価 三百万円相当

以上物件を弐千万円と評価して担保価格として銀行に提供した外に保証手形と同額の約束手形四通を見返り手形として差入れた田代被告は銀行の損害防止の万全策として斯る措置を執つた右担保物を銀行に保管し置くべきものを担保価値に疑問ありと思考したが田代被告はこの担保物を代物弁済によるか売却するか孰れの方法もとらず担保提供者に返還された田代被告による担保権の抛棄であつた。

(2)  控訴人真中は駿河銀行の内規に支店長支払保証禁止のあることは認識しない。(イ)銀行内規は田代被告より聞いていなかつた。(ロ)銀行内規は外部に発表し又外部の者の見るように客だまりに置く方法が採られていないことは寺田証人岡野証人の証言により明らかである。(ハ)銀行内規による支店長の代理権の制限は控訴人真中の知らざるところ従つて内規違反の田代被告の手形保証行為は田代被告の単独犯である。仮に内規違反の手形保証が刑罰法規違反となるも田代個人の責任であつて手形振出人等が共同の責任を負担しない。共犯関係は共同者の各自の行為が相互に重要な部分を分担実行する事実が必要であるが本件の場合に於ては田代被告個人により手形保証行為は行はれたのであつて控訴人真中実は共同加功の意思は毫もなく又その事実もない。

(三) 控訴人真中実は手形金弁済のため最大の努力をした。(1) 真中は田代、北村の計画せる日本造船富士見工場の買収のため斡旋したが北村被告と城所慶造(日本造船富士見工場長)との買収価格の相違により買受出来ず日本農村機械化工業株式会社の設立に狂奔したが孰れも不成立に終つた。唯北村被告のみ後富士見工場を個人で買収して代表となつた。(2) 昭和二十八年八月駿河銀行と手形金の弁償につき示談の成立に立至つている状態である。

之れを要するに本件に関しては控訴人は共同正犯に非ずして無罪の裁判の言渡しを為すべきものと思料致します。

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